終活ムービーに「お金」を払う理由。35万円の価値とは?

先日、東京都品川区などを拠点に活動している、かどまつ終活相談所さまと共同セミナーを行いました。僕は「伝わる終活」というテーマを担当。参加者の方々に、終活ムービーを実際にご覧になっていただきました。
流したのは、僕から息子に向けた2分ほどの終活ムービーです。
初対面の方々に伝わるかどうか心配だったのですが、上映後には目を潤ませる方も……。
さらに、こんな声を聴くこともできました。
「映像は若いうちに、元気なうちに撮っておくべきだと思った」
「家族のためだけでなく、自分のために撮っておくのも良さそう」
「自分がドキュメンタリーの主人公になれるなら、興味がある」
そして参加者のうち2名から、「自分も撮ってほしい」というご依頼をいただきました。
とはいえ、れが・しおんのスタンダードプランは35万円。簡単に出せる金額ではないですよね。今日は、なぜ終活ムービーにお金を払う価値があるのか、正直に書きたいと思います。

35万円は、何に対する金額なのか
映像1本に35万円。実はこの金額、映像業界では特別高くはありません。一体どこにお金がかかっているのか?
答えは人材・機材・技術です。
専門的な知識やアイデアを持ったプロが提案、撮影、構成、編集、選曲、整音、メディア化まで担っています。セミナーで上映した映像はたった2分。それでも「何を聞くか」「どう並べるか」で心を動かせるかどうか。そこがプロと素人の分かれ目だと思っています。
れが・しおんの強みは正にそこ、放送作家25年の経験で培ってきた「聞き方」と「構成」にあります。
・ご本人も気づいていない人生の要素を、質問によって引き出すこと
・話の断片を、意味のある1本の流れに構成すること
・「自分の人生なんて、特別なものじゃない」と思っている方に、そうではないと気づいてもらうこと
多くの方は、自分の人生を「平凡だ」「語るほどのものじゃない」と思っています。 でも、実際に話を聞かせていただくと、そんなことはないんです。誰もが物語を持っています。そして、それは人生を前向きにしてくれます。
ただ、物語を自分ひとりで見つけ出し、順序立てて語るのは簡単ではありません。また、プロに自分の人生を語り、一緒に物語を編み上げていく経験は、滅多にできることではありません。
ここに、れが・しおんに依頼する価値があるのです。
記録ではなく、物語を。

ご家族の映像や写真はたくさんある。なんなら、動画も撮っている。けれど、それらをあらためて見返すことは、意外と少ないのではないでしょうか。記録は、ただそこにあるだけでは、物語になりません。 順序が整理され、意味づけがされて、はじめて「見たくなるもの」に変わります。
例えば、カレーライスの写真があったとしましょう。これを食べたというだけなら、ただの「記録」です。しかし、そこにどんな思い出があるか、どんな意味を込めるかで「物語」は生まれます。れが・しおんが作っているのは「記録ではなく、物語」です。 だからこそ、何度も見返してもらえるものになります。
もう1つ、お伝えしたいことがあります。
今日の声、今日の表情、今日の記憶は、今日しか撮れません。 体力が落ちれば、語れることは減っていきます。 記憶があいまいになれば、細部は失われていきます。
セミナーでいただいた「元気なうちに撮っておくべき」という感想は、まさにこのことを指していたのだと思います。
「まだ早いかもしれない」と感じている今こそが、実は一番良いタイミングです。
「自分のために」という声について
セミナーでいただいた感想の中で、特に印象的だったのが「自分のために撮っておく」という言葉でした。
終活ムービーというと、家族へのプレゼントというイメージを持たれる方が多いかもしれません。 もちろん、それも大切な使い方の一つです。
ただ、それだけではありません。
自分の人生を、誰かにきちんと聞いてもらい、物語として受け止めてもらう。 「自分がドキュメンタリーの主人公になれるなら」という感想は、その体験自体に価値を感じてくださった証拠だと受け止めています。
家族の有無にかかわらず、自分の人生を振り返り、言葉にしてもらう時間には、それ自体に意味があるのではないでしょうか。
ご不明な点があれば、金額の内訳を含め、いつでもお気軽にお問い合わせください。

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